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【動画】ピューマ渡久地の現在 娘が美人!嫁と離婚し沖縄へ移住

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元ボクサーピューマ渡久地(本名:渡久地 隆人)の現在について

ピューマ渡久地さんといえば、辰吉丈一郎、鬼塚勝也というボクシング世界王者達とともに、平成の三羽烏として将来を渇望された天才ボクサーでした。辰吉丈一郎とは古い付き合いで、お互いにルーキーの頃はギラギラしていたため初対面の際には会場でメンチの切りあいが始まったそうですが、そのうちに打ち解けていました。

ルックスもイケメンで、デビュー後しばらくは、鬼塚と辰吉より期待されていたような気がします。しかし平成の三羽烏の中で、彼だけが世界王者になることができませんでした。そんなピューマ渡久地の近況が、先日テレビで取材されていました。

ピューマ渡久地の現在

『爆報 the フライデー』にて特集されていました。そのうち消されると思いますが紹介します。

24分30秒からピューマ渡久地の近況が伝えられていました。簡単にまとめると

・嫁さんの渡久地聡美さんとは2006年に離婚

・ピューマ渡久地は沖縄に在住

・沖縄では祖母97歳、母79歳、あとは父と4人で同居。

・ピューマ渡久地には記憶障害があり要介護3級の状態

・祖母は1年ほど前から24時間要介護。母親がピューマ渡久地と祖母を介護している。

・介護の疲れで母親も過労で倒れる

・ピューマ渡久地には二人の娘と一人の息子、全部で3人の子供がいる

・長女の梨以さんがピューマ渡久地と暮らすために会社を退職し沖縄に移住

このような、現役中のピューマ渡久地を知っていると、正直見てるの辛くなってしまう内容がずっと続いていました。しかし最後に愛娘の梨以さんが、父と暮らしたいと沖縄に行き、サプライズで子供の3人と笑顔で談笑している場面は本当に救いになりました。

ちなみに梨以さんが父のもとへ来た理由は、子供の頃、試合に勝った父にリングにあげてもらったり、離婚した後も大変可愛がってもらったことから、父への愛情が強く、このまま自分たちが年をとって父に忘れられていくのは嫌。また新たに父との思い出を作りたいといった理由です。

会社を辞め、沖縄へ行くと娘の考えを伝えられた時の、母聡美さんは複雑な表情をしていましたが、娘が決めたことなら受け入れるしかないと、反対はせず娘送り出していました。(聡美さんも女手一つで3人を育てたのですから別の苦労はあったでしょう)

話だけを聞いていると何とも辛い境遇の家族ですが、一家皆美形なので、そんな苦労があったことは感じさせませんでした。

右から長男の琉雄さん、次女の旺羅さん、天才ボクサーピューマ渡久地、長女の梨以さんです。

久しぶりに子供たちと食事をした後、沖縄の綺麗な砂浜を4人で歩く姿は映画のワンシーンみたいで素敵でした。

 

ピューマ渡久地の深刻な記憶障害

まず最初に娘さんが訪ねてきたときには、自分の娘だと認識できていませんでした。ただこれはあまりにも久しぶりだったことと、予想外の出来事に混乱してしまったことで、記憶障害とは別の事情も関係していたように見えました。(娘が泣いて自己紹介すると、ピューマ渡久地も娘だと思い出し抱擁。)

ただ自分の年齢や、自宅までの帰り道、また3人の子供たちと食事した直後には、子供たちを会った事実を忘れていたので、映画メメントのように、短期的な記憶はほとんど無くなってしまうように見えました。かなり辛い状況だと思いますが、愛してくれる娘さんや、母と父が一緒にいるのが救いでしょうか。

ファンに多くの夢を与えてくれたピューマ渡久地は、きっとこれから娘さんと新たな思い出を作っていってくれるはずです。

 

嫁はジム経営

元嫁さんの聡美さんは、東麻布という一等地で「ピューマ渡久地ボクシングジム」を経営しています。名前から分かる通り、ピューマ渡久地が引退してからしばらくは夫婦お二人で経営していましたが、ピューマ渡久地がボクシングでの後遺症に悩むようになってからは、実質的に聡美さんがジムを運営していました。

離婚してからはピューマ渡久地が沖縄に戻り、聡美さんがジムの代表者となります。聡美さんはJBCからマネージャーライセンスとオーナーライセンスも交付されるなど、かなりやり手だったため、「ピューマ渡久地ボクシングジム」はかなり人気のボクシングジムとして繁栄しています。

離婚の原因は

ネットではピューマ渡久地のDVや、ボクシングで世界王者になれなかったことでふさぎこんで嫁に辛くあたったなどとも言われていますが、本当にそんなことしてたら娘さんはここまで慕ってこないはずです。

ですので夫婦お二人にしか分からないようなすれ違いではないでしょうか。

 

ファンの反応

現在の状況にショックを受けた方が多かったです。

 

ユーリ・アルバチャコフから逃げたは嘘

順調にキャリアを重ねていたピューマ渡久地ですが、転換期となってしまったのがユーリアルバチャコフとの防衛戦です。(当時はピューマ渡久地が日本王者)。

後に世界王者となり9度も防衛することになるユーリアルバチャコフとの試合はボクシングファンにかなり期待されていましたが、試合直前にピューマ渡久地が失踪。

マスコミからはピューマ渡久地が逃げたと叩かれまくり、JBCから無期限ライセンス停止処分を受けてしまいます。結局ここから2年間ブランクが空くことになるわけですが、以前ほどの勢いを取り戻すことはできませんでした。

 

逃げてはない

ユーリアルバチャコフとの試合前に、実はピューマ渡久地は喧嘩で指を骨折しており、更には所属していたジムとも折り合いが悪く、ピューマ渡久地も不器用な男だったため、言い訳する機会を与えられせんでした。

まあ喧嘩するのが一番悪いですし、コンディションを作るのもボクサーの仕事なので、逃げたといわれても仕方がないかもしれませんが、本来は延期が妥当な落とし度どころだったような気がします。

(後にユーリアルバチャコフとは、世界王者に挑戦するというかつてとは逆の立場で対戦するも完敗。もっと勝算のある相手を探すこともできたはずですが、彼なりのケジメだったように思います。)

 

川島郭志が出世頭に

プロデビュー前のアマチュア時代は、鬼塚勝也、川島郭志、ピューマ渡久地が三羽烏として期待されていました。しかし川島郭志はプロ転向後うまく対応できず、代わりに台頭してきたのが辰吉丈一郎です。

そして新たに鬼塚勝也、辰吉丈一郎、ピューマ渡久地が平成の三羽烏として騒がれることになります。ビッグ3が本当はたけし、笑福亭鶴瓶、さんまだったけどタモリに取って代わられたみたいなもんでしょうか。

ただ結局最終的に一番良い実績を残したのは、三羽烏から漏れた川島郭志でしたね。プロ転向後は苦労しましたが、類まれなデイフェンス技術で6度の防衛に成功しています。

 

ピューマ渡久地の今後

かなり厳しい状況ではありますが、かわいい娘さんが来てくれたことが本当に救いです。離婚はしましたが、ピューマ渡久地さんが愛情をもって子供と接してきたからこその結果ではないでしょうか。

先ほどデビュー後に落ちぶれた川島郭志がボクサーとしては一番成功した話をしましたが、人生はまだまだ先がありますし、ボクシングのように他人を蹴落とす必要はありません。

これからピューマ渡久地が時間を取り戻し、家族とともに幸せな人生を送ることができるようファンとして密かに応援しています。










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