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吉田秀彦の現在 小川直也との仲 モテ男も嫁と結婚 五輪金メダルの元総合格闘家

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バルセロナオリンピック柔道78kg級で金メダルを獲得した吉田秀彦さんの現在について。

全盛期の体格は中量級ながらTV企画で歴代柔道家ランキングで上位に入れる柔道系タレントがいたほど突出した強さを誇っていた吉田秀彦さんは現在どうされているのでしょうか。

柔道家きってのモテ男

五輪3連覇を果たした野村忠宏が夜遊びから連想する柔道家は誰的な質問に、迷わず吉田秀彦に答え、総合格闘家時代に特に交流があった高阪剛も「秀彦が女をはべらせていた」と冗談交じりに語るほど、吉田秀彦さんは女性にモテていたイメージがあります。

↑ 若い頃の吉田秀彦さん。兎にも角にも爽やかでした。

今でこそアスリートにイケメンや美人が増えましたが、当時は良くも悪くも泥臭い人間が多い中で、吉田秀彦さんは「さわやか」「イケメン」「高身長」と少なくとも柔道家の中では割と人目を引く存在でした。

そんな状況に加えて後述する古賀稔彦との感動エピソード付きの金メダルを獲得し、視聴率が20%を軽く超えていた頃のPRIDEに参戦していたわけですから、恐らくは女性からのモテ方も金メダル級だったと思います。

当時の柔道家としては珍しく芸能人との熱愛報道もあり、松村雄基さんと交際していた川上麻衣子さんとのアバンチュールがワイドショーで報道され、川上麻衣子の二股疑惑を引き起こすなどしていました。吉田秀彦さんは川上麻衣子さんと朝までトランプをしていたと柔道と違い切れ味の悪い釈明をしていた記憶がありますが、今となっては松村雄基さんは氷川きよしさんと手つなぎ写真をとられるなど、いろんな意味で小さい問題となっています。

 

小川直也との関係

同じ明治大学柔道部出身の先輩後輩という本来は揉めるはずもないであろう関係性ながら、長らく犬猿の仲節がささやかれています。

↑ 2005年の大晦日に小川直也と対決に勝利。試合は勝負強さとメンタル、 我流ではなくきちんとした総合格闘技の練習を積み重ねてきた環境面が勝負を分けたと格闘技オタクの私は分析しています。

(菊田早苗も小川直也先輩はは優しすぎるとぼんやりメンタルの面の差をyoutubeで口にしていました)

この試合の後小川直也を肩を抱える吉田秀彦でしたが、ハッスルポーズは拒否、漂うぎこちなさはわだかまりが解けていないことをお茶の間に伝えていました。

不仲の原因は

仲が悪くなったのは、全日本選手権での疑惑の判定、明治大学時代に主将だった小川直也に後輩ながら正義感の強かった吉田秀彦が異議申し立てをしたことが原因、吉田秀彦が明治大学監督をしていた時によく明大に出げいこに行った時にただでさえ良好ではなかった仲がこじれた説、など諸説ありますが、はっきりとしたことは本人らも口にしていないため明らかにはなっていません。

↑ ちょっとだけ有名な写真。小川直也さんは体育会系の輪に入れていなかった印象です。

無論、実はそれほど不仲というわけではない可能性もありますが、高校から柔道を始めて世界一になり村社会の柔道界では嫌われていた小川直也は、当時の写真などを見ても明らかに孤立していましたし、同じ大学の先輩後輩は特に柔道界の場合仲が良い(野村ー篠原のように)イメージがありますので、元々水が合わない二人なのかもしれません。

↑ ちなみに古賀稔彦と小川直也は関係良好でした。古賀稔彦と吉田秀彦はとても仲が良かったので、ちょっと複雑な三角関係です。

 

野村忠弘、篠原信一の先輩

吉田秀彦さんが後輩の面倒見が滅茶苦茶いいのは有名です。世田谷学園の後輩だったシャムシェイドのボーカルに事務所を紹介して後押ししたり、PRIDEでの入場曲に使ったりとさすがの兄貴肌でした。

その分後輩使いが荒い伝統的なところもあったようで、篠原信一と野村忠弘は、シドニー五輪で吉田秀彦の脱臼を当時やや鼻で笑いながら見ていたり、その後手を使えなくなった吉田秀彦の体をタオルでふく清拭させられたエピソードを嫌そうな顔を交えて話すなど、その兄貴肌には両面あったことが伺えます。

といっても野村忠弘は引退後も吉田秀彦から電話がかかってきて遊びに行くぞと言われた話をしていたりしますので、後輩達からすると厳しいけれども頼りになる信頼すべき先輩であることは間違いないでしょう。

 

嫁との結婚

2004年にご結婚されていますが、一般人であることと吉田秀彦さんが情報を発信しておられないので、顔画像などは一切公開されていません。

お嫁さんは無論素晴らしい方だと思いますが、全盛期に煌びやかな女性と遊んで信頼できる方と結婚というのは、成功者の黄金パターンといえるでしょう。

 

吉田秀彦の現在

パーク24柔道部監督、柔道教室吉田道場、時折テレビ出演など多岐にわたって精力的に活動されています。

 

 
 
 
 
 
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総合格闘技にはほとんど関わっていないですね。小川直也さんにも言えますが一番良い時に総合格闘技をやって一番良い時に辞めていかれました。小川直也との大晦日の試合では二人で5億円のファイトマネーという新聞記事もありました。全盛期の収入は凄かったと思います。

 

吉田秀彦は強かったのか

柔道家としては文句なしに強かったです。世界選手権とオリンピックで金メダルを一度づつ獲得し、全日本柔道選手権でも小川直也を破るなど文句なしの実績があります。

では総合格闘家としてはどうでしょうか。

ヴァンダレイシウバとの死闘は格闘技ファンの心を虜にしました。他にもドンフライやマークハントに勝利したのは日本人としてはトップクラスの実績です。

一方ルーロンガードナーやジョシュバーネット、ミルコクロコップにはなすすべなく敗れてしまうなど、「日本人としては強い」の域を出ることはなかったのかなという印象です。(といってもやはりこの方は本来100kg以上ある選手とは階級違います。桜庭もそうですがこの時代は大変でした)

対戦相手によって道着を着たり脱いだりするのも一部では不評を買っていたようです。アントニオ猪木氏も吉田は道着を脱ぐべきと苦言を呈していました。逆にホイス2戦目では直前で道着を脱がれ、試合内容では完敗してしまいました。

但し上述したように日本人としては最強クラスで、満を持して総合格闘技に参戦した石井慧に完勝していましたし、私は藤田和之か吉田秀彦が日本人ヘビー級歴代最強ではないかと考えています。

吉田秀彦さんは特に打撃を恐れないハートの強さと勝負強さがありました。柔道をはじめた小さい頃から「やられたらやり返す」をモットーにしていただけあって、打撃技術的には粗削りながら構わず前にでていく姿は、格闘技ファンに憧れを抱かせてくれました。

古賀稔彦さんとの別れ

先日古賀稔彦さんが亡くなられました。がんで闘病中だったとのことですが、吉田秀彦さんは「奇跡を信じていましたが」とおっしゃっていたので、恐らくある程度のことは本人の口から聞いていたのでしょう。

シドニー五輪の時は自信との乱取り中に金メダル大本命だった古賀稔彦が大怪我をしてしまい、日本中が様々な感情をもってこの二人を見守っていました。そんななか二人で金メダル獲得という完璧な物語は日本中を感動させてくれたのを覚えています。

その後ホイスグレイシー一戦目での疑惑の決着について古賀稔彦が厳しい意見を寄せるなど、柔道時代に比べれば疎遠になった印象がありましたが、二人の絆は我々には計り知れぬものがあるはずです。そして彼らが残した偉業はこれからも語り継がれていくことでしょう。










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